genba

2006年ホームページ開設にあたり

私が調理人を志し勤めていた皮革関連の卸売り会社を退職したのは17年前のこと1989年バブル末期、その活況に誰もが疑いを抱くことはなく、即席投資家が街に溢れマネーゲームに明け暮れていた頃。
勤めていた会社にも洩れずにバブルの余波が来ていました。マーケットは空前の活況で高価なイタリアの製品が大量に輸入され、同時に現地のメディアやライターたちから様々なレポートが発信され文化産業がリアルタイムで紹介されてきました。イタリアは私にとって特別な国でした。
バブルに踊らされることなく自らの進むべき道を進むと言うと格好の付け過ぎで、懐が潤ったことで好きな職業に転職するきっかけを得たというのが本当のところ、
転職で収入が半分になってしまったのは痛い記憶です。

26歳と調理の修行を始めるには年齢が多少行き過ぎていて、焦るあまりに当時回りの方に随分迷惑をかけたのではないかと思い起こすと反省しきりです。
料理、レストランの虫になってがむしゃらに仕事をこなしていました。まだ手にしていない料理、技術を得るために駈けずり周り、のめり込み、忍び込みまではしませんが技術を盗むということは確かにあるもので恩返しできていれば盗みにも当たらないのでしょうがそれができていたものか、正直迷惑な見習いだったと思います。
皆様に機会を作って謝りたいものです。

この仕事に就く以前から外食が好きで、レストランは常に興味の対象であり、楽しみ暮して行く上で欠かせない場所です。喜ばしい場面、ちょっとした日々の安らぎの場面、レストランで友人家族と食事し、酒を飲むのは最高の楽しみでもあります。良いレストランでの食の体験は代えがたい感動を人に与えられると信じています。
良い店を探して食べに行く、この食べ歩きということは楽しいものです。
本当に良い店に出会うとそれは最高の喜びです。
そんなお店にはやはり他とは違う何かがあるものです。活気があり確かな技術があり、オリジナリティ個性がありつつも押さえるべきところは間違いなく押さえていて驚きと安心を同時に与える心地良さがあります。
そこには利益の追求とは一線を画する要素理念、例えばそれが技術に根ざすものだったりコミュニケーションを原点とするものだったりと様々ではあると思いますが
一線を画する他をリードする技術、力、個性が確かにそこにはあるものです。

個性から発信されたものではない、元はそうでも出来上がる過程で失われてしまうこともあるでしょう。利益をあげることだけに焦点を合わせ運営する企業が食文化から離れて一人歩きを始める。一見良さそうな店舗が次々とできていくのですが、出来上がったものというのは結局人に感動を与えるようなものではない。
一概に言えないのは企業にも優秀な職人さんはたくさんいますし、働いている方が個性を発揮して魅力ある店舗を作りあげていけば良いことなのですが、やはり大きな要素として、利益を上げるためのシステムということ、おおよそ個人ではしないようなチョイスを往々にしてしまうことがあります。
行き過ぎたディスカウント、味気ない見た目だけの料理、個性よりも量を求める悪しき戦略、働いている人たちは疑問を感じているはずです。

私もかつて会社の中でその一員として仕事をしていました、私の場合は運良く大変理解ある尊敬できる経営者の方に付くことができシェフとしての仕事に専念していればそれで結果の出せた恵まれた環境にありました。
しかしそう恩恵を受けながらも同時に組織の中で働いていてその危険性も想像しつつ理解していきました、この業界に修行時代も含めて20年程度の経験ですが感じ考え実践してきたこと、未だ途上のことをこの機会に記しておきたいと思います。

tugi